外国文学・著者別-文芸作品-本 : パタゴニア

パタゴニア


透徹した視線が捕らえたある人間達の営み - パタゴニア。チリとアルゼンチンの国境南部に拡がる広大な大地。氷河によって削られた荒々しい山肌を見せる屹立した山々。豊穣さとは無縁の風吹きすさび砂塵舞う大地。近年では多くの旅行者が訪れるようになり、荒々しい自然の魅力にあふれた土地として、日本でも有名になりました。しかし、ブルース・チャトウインが描くパタゴニアは、テレビ、写真集、旅行ガイドといった媒体を介した私達の想像から遠く隔たっています。むしろ、彼の視線が捕らえたパタゴニアの上を、他のメディアが膜で覆ったと言った方が正しいかもしれません。チャトウィンをパタゴニアに駆り立てたきっかけは、幼い頃に祖母の家で見たブロントザウルスの皮でした。このきっかけこそ郷愁や感傷といった感情が伴っていますが、彼の地に足を踏み入れてからの彼の旅は、郷愁や感傷が排除された、透徹した視線に支えられたものとなります。この土地で過酷な、或いは静謐さに満ちた生活を送る人々は、其処に辿り着いたというよりは、流れ着いたという人々が殆どです。不毛な土地の上で人間の本性が試され、文明による虚飾は無残に剥ぎ取られます。そういった剥き出しの人々と彼らに容赦することのない自然を、チャトウィンは透徹した視線で見つめ、静謐な文章で紙の上に記していきます。感情に満ち溢れた紀行文という前提で読み始めると、淡々として乾いた叙述に戸惑うかもしれません。しかし、やがては、パタゴニアという大地と其処に暮らす人々の過酷な営みにおいて、表層の乾いた印象の奥深くで確かな脈動が打っていることが感じられることでしょう。ここには、善し悪しとは関係なく、安寧とした生活を送る私達とは全く異なる人間の在り方が、鮮やかに提示されているのです。

これは旅行記ではない。 - これは旅行記なのだろうか? 否。「パタゴニア」に生息する人物たちはあまりに雑多で神話的でさえあり、ときには土地の神々そのもではないかと疑わせる。それでは小説なのか? これも否。膨大な文献による徹底的な考証は、小説の枠を大いにはみ出し年代記への共感を隠すことがない。これはチャトウィンとしかいいようがない。インタビュー、文献調査、土地の人々のモノローグ、神話、噂話、ポエジー、嘘、人類学的考察、紀行文、随筆、物語、私小説。言葉が言葉を生み、言語の異界へと踏み外していくような、そんな不可思議な語りの世界がここにはある。

僕の神様は歩く神様 - ブルース・チャトウィンの処女作にして最高傑作。もうひとつの代表作『ソングライン』に比べて、入りこんだ思想的なテーマこそもってはいないが、紀行作家である以前にまだひとりの旅人であったチャトウィンの繊細な感性と誠実なまなざしが共感を誘う。世界の果て、パタゴニアに生きる風変わりな人々を初期ヘミングウェイを思わせる簡素で、乾いた文体で見事に描いてみせている。記憶や夢、そして知られざる歴史をも巡る彼の旅は、私たちの想像する旅というものの観念をはるかに超えているといえるだろう。灰色の空、容赦なく吹きつける風、砂塵舞う町、どこまでも広がる荒涼とした土地、そして、そこに住む風変わりな人々と彼らの語る夢物語の数々。しかし、それでいて、このどこまでも悲しみにみちたパ!タゴニアの風景は、かすかな希望をも漂わせている。




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